もくれんの映画と読書日記

趣味のかたよった読書と映画鑑賞の日記です。

ビクトリア朝時代の不気味で優雅な幽霊たち「英国クリスマス幽霊譚傑作集」

本でも映像でも怪談特集が組まれるのは、日本ではだいたい夏っていうのが一般的だけど、イギリスではクリスマスということになるらしい。

 

 

といってもイギリスは年中通して怪談大好きなお国柄だけど、クリスマスはやはりあのディケンズの名作「クリスマス・キャロル」の影響が大きく、そこに敬意を表してという感じのようだ。

 

この本の冒頭に登場するディケンズの詩のような一編「クリスマス・ツリー」は、解説によるとクリスマスを飾る怪談アンソロジーを編む場合、しばしば冒頭を飾る定番ものであるらしい。

 

とはいえ、何も知らずに始めにこれを読んだとき「なんじゃこれ」と先を読むのをためらわれた。それほど意味不明で。

 

幽霊譚といっても、この本の物語たちは怖さが全面に出てくるものではなく、幽霊という存在を楽しむものといってもいい。

 

クリスマス・キャロル」に怖さを感じないように、幽霊は登場人物の中の1人という感じだ。時代はすべてビクトリア時代の英国で、女性たちはまだみんなロングドレス、移動は馬車という時代。

 

ほとんどの物語の舞台が不気味ないわくつきの古いお屋敷で、雰囲気はたっぷり。ホーンテッドマンションのような建物内で、ろうそくの光に照らされた暗闇の中、想像力をめいいっぱい働かせて楽しめるストーリーが詰め込まれている。

 

といっても正直、うーんとうなってしまう話もあるし、そこはまあ人の好みにもよるので。

 

特に気に入った話としては、


「胡桃邸の幽霊」
幽霊が出るという理由で貸家にすることもできない困ったお屋敷の所有者になったエドガーは、まわりがとめるのもきかずそのお屋敷に住み始める。お約束通り幽霊は現れるが、それは予想とは違いちょっと変わった幽霊で…。
わかりやすい展開とこの本の中ではめずらしくハッピーエンド的な結末にホッとする。

 

メルローズ・スクエア二番地」
友人の紹介である貸家に住むことになった主人公の女性。ある夜居間でうたた寝をしてしまい、乱れまくった髪を整えようと鏡をのぞき込んだ時――自分以外の人物の姿を見つけてしまう。
不気味な場面がリアルに頭に浮かびやすく、主人公や強烈な個性の家政婦などキャラクターが魅力的。


「幽霊廃船のクリスマス・イヴ」
沼に浮かぶ廃船に、1人取り残されてしまう主人公の一夜を描いたストーリー。静的な話が多い中でめずらしくホラー映画的な雰囲気が面白い。

 

「本物と偽物」
先が読めるわかりやすい展開ではあるが、修道院跡に建てられたお屋敷の雰囲気と長い廊下、そこで出くわす本物と偽物の場面が頭の中で絵的に美しくいい感じ。

 

どの物語も、幽霊そのものの描写にインパクトはない。おどろおどろしたおぞましい描写は無いに等しい。
なのでホラー小説が苦手な自分のようなものでも読める。

結果的に、果たして彼らは何者だったのか、何の目的でそうするのかなども明かされない場合が多い。つまりこの怪奇譚は、ほとんどが何も解決していないままなのだ。


だからこそ残る不気味な余韻が心地よい。
牧師も悪魔祓いも出てこず、「おまえたちはいったい何なのだ」という恐怖と疑問をその場に残しつつ、登場人物たちと逃げ去るのがこの怪奇譚の楽しみ方だ。