もくれんの映画と読書日記

趣味のかたよった読書と映画鑑賞の日記です。

解かれないために作られた難解暗号ミステリー「敗北への凱旋」

子供の頃、怪人四十面相で黄金髑髏の暗号に出会って以来、暗号ミステリーには目がないが、日本で最も難解な暗号の1つと言われているこちらの名作に挑んでみた。

 

 

挑むも何も、いつも暗号ミステリーを読んでもほぼ理解していないし、解いていく過程と、そんな暗号の作り方があったのか、と感心しながら面白がるのが快感なので、当然のことながらこちらの暗号もさっぱりだった。

 

3つに分散されて存在し、1つ1つを解くことで現れてくる回答を、さらに寄せ集めることで作られた文が、また暗号になっているという凄まじいもので、解けないのが当たり前だろうという複雑怪奇な構成。

 

しかも、この暗号の基本となっているのが楽譜なので、四分音符や休符やスタッカート記号なんかに接してこなかった人にはもう構成からしてわからない。
そこまで複雑にしなければならなかった秘密とは何なのか、まるで解いてほしくないかのような暗号はなぜ作り出されたのか。

 

実はその解いてほしくなかった暗号そのものが、この物語のテーマになっている。
謎が明かされた時、正直あまりにぶっとんだ秘密に唖然とする。

 

舞台は昭和。
終戦後に起きたある殺人事件から物語は始まり、二十年後一人の作家がその被害者である謎に包まれた男に興味を持つ。そこから関係するさまざまな人々を巻き込んで、彼が残した暗号が暴かれていく。

 

二十年前に殺された男は、ピアニストでありながら戦場で右腕を失った軍人だった。
この物語の最大のポイントであり見せ場が、死に直面した彼が出陣の前日、1人の部下に何かの曲の一部分であるピアノの指の動きを伝える場面だ。

 

部下は音楽のことなど全く知らなかったが、必死になってその指の動きを頭に叩き込み、日本に持ち帰る。つまりそれが暗号の発端になっていて、この出来事はかなり絵になり魅力的だ。

 

連城三紀彦の物語は、男女のドロドロした愛憎と独特の悲劇感を提供してくれるが、これもまさにそこが中心になっている。しかし暗号によって導きだされる事実は、男女の悲哀を超えて、人の愚かさをまざまざと見せつけてくれる。

 

ある人物が犯した完全犯罪ともいえる極めて感情的な動機は、昔から今も耐えることなく存在する。また、男女の愚かで悲しい感情もまた、途絶えることはない。立場を忘れ盲目になることで、さまざまな人の心や命を傷つけていく。

 

人として生まれた限り仕方ないとはいえ…
人はこの愚かさをやめられない。