〝まくら〟とは落語の本題に入るまえに話してくれるお話のこと。
挨拶でもあり雑談でもあり、本題に入っていきやすいようにお客さんの心をつかむ楽しいトーク。
- 価格: 764 円
- 楽天で詳細を見る
そのまくらばかりを集めためずらしい本。
著者…というべきか、お話を聞かせてくれるのは柳家小三治師匠。
子供の頃、テレビで普通に落語が流れていたので、結構よく見た。名前も顔も全然覚えなかったが、本の写真を見て「あ、知ってる」と、今回初めて小三治師匠というお名前だったのだなと知った次第。
エッセイみたいだけどエッセイじゃないのは、やっぱり臨場感。ほんとにありきたりな表現になるが、まさにその場にいるみたい。劇場の1つの席に座って師匠の面白い話を聞かせてもらった。
お芝居やお笑いって劇場の生の空間の中で体験すると、こちらの感情をぐいぐい引っ張りだされる。テレビを通して見たり聞いたりするとたいして面白くない話でも、その場にいると爆笑したりする。
あの独特の空間体験は、ほんとに値打ちがあると思う。長らくそういう体験をしていないので、本を通してのこの疑似体験は楽しかった。
しかも名人のお話で。
この本が初版は1998年。
小三治師匠はかなり趣味の多く好奇心旺盛な方のようで、バイクやオーディオなんかに中年になってからはまり、またハマり方が徹底的ではちみつにハマると種類なんかは当然のこと、それを作ってくれるハチにまで興味がいき、ハチの生態まで調べつくしてしまうという凝りよう。
若い頃、まだ日本人もそんなに海外でうろうろできなかった頃の1人アメリカ体験とか、バイクの駐車場に住み着いた長谷川さんとの騒動は面白く、まだのどかだった時代を思いおこさせてくれる。
この本は、ここでどんなに感想を書いても面白さは伝わらないと思う。なので本の中から少しだけ、幸せな気分にしてくれた師匠の言葉を引用させてください。
『わあ、イタリアいいなあとか、アメリカいいなとかっていうのは、アメリカで食ったもんがよかったとかっていうんじゃなくて、そういう場所でこんな親切受けたとか、こんなやりとりがあってとてもよかったとかって、そういうことだと思うんですよ、結局はね』
『昨日スチュワーデスさんからおしょうゆをもらったこと、とっても幸せのかけらで、ああ、今日はこんな幸せがあったと思うだけで、もうその日一日十分なんですよ。
中くらいの幸せがあったら、もうとっても幸せなんだと思います。普通は一日に少しの幸せ、うれしいこと、幸せのかけらを数珠つなぎにして、それで大きな幸せになるんだろうと、このごろ思うんですね』
『春・夏・秋・冬、これがこんなに順番にはっきりくるなんていう国、ほんとに幸せというしかないんじゃないですか』
引用:講談社文庫「まくら」から
当たりまえのことかもしれないし、ちゃんとわかってはいるんだけど、こうやってしっかり誰かに言われると、実感できるんです。
でも師匠、もう日本にいつまで四季があるのか不安になっているこの頃です…。
昭和レトロや平成レトロなんていうけど、物やファッションだけでなく、その時代を語ってくれるプロたちの存在もまた、極上のレトロの1つなんじゃないかな。